鎌倉時代以降は衰退
亀トは、鎌倉時代以降は衰退し、伝統が絶えかけたのだが、明治の大嘗祭で執行され、以後、大正・昭和・平成の大嘗祭でも行なわれました。
その方法は、卜部雅延の『亀卜抄』や伴信友の『正ト考』などによれば、以下のよ・λである(『神道事典』による)。
「永く時間をかけて干した亀甲をおおむね縦十センチ・横六センチの鉢形五角形に切って磨き、水を張った鉢の上に竹を細かく割いた五本の兆竹を並べて掛けておく。
占う前に甲の裏側を削り荒砥で厚さ約一センチに磨り研き、縦1.5センチ・横1センチ・深さ0.8センチほどの長方形の穴をいくつも彫る。
その内側に墨や小刀で線を引いた町形に、『ド・ホ・カミ・エミ・タメ』の符号を書く。
次に『ははか』と呼ばれる上溝桜の枝を浄火で焼き、各町形に当てて灼熱する。
息を吹きかけながら火勢を強めると、町形部分の表面にト兆が出始める。
そこに、兆竹で甲の上部から三カ所に冷水を注ぐとさらにト兆がはっきり出るので、その形状を占書の符号を判断基準にして吉凶を定める」。
そして話は変わりますが、一般的な普通の占いの電話占いならココがいいと思います。